108.
第伍話 ユウの人心掌握術
「ミサトー。ハーゲ○ダッツあげるー」
「えー、いいの?」
「クジで当たったから」
コンビニの商品を600円以上買うと引けるクジでマナミはハーゲンダッ○を当てていた。相変わらず運がいい。
「ありがとー」
「私はビエネッ○買っていこーっと」
最近は肌寒い季節も終わり、もはや少し暑いくらいの日が続いていた。カオリはちょっとあったかくなるとすぐアイスを買うという習性がある。
今日は麻雀部に財前姉妹と井川ミサト、そして佐藤ユウが来ていた。(ユウには普通に自分の家なので来たというよりは当たり前に居る)
まずはオヤツを広げて一休み。今日は少し休憩してから麻雀をするつもりだ。
「今日は初期メンバーね。久しぶりじゃない? この4人で打つのは」
「そうね。懐かしいわ」
「今日はね、ミサトに守備力の高い麻雀を教わろうと思って来たの」とカオリが言う。
「私達は守ってれば昇級しそうだけど、それが出来たら苦労しないっていうか…… 攻撃あるのみ! みたいな麻雀しか得意じゃないから。特に私は」とマナミ。
「はー。私達は一応同じリーグで戦うライバルなんだよ? そんな塩を送るようなこと……」
「だからさっきハーゲン○ッツあげたじゃん」
「あれはそういう意味だったわけ?」
「あ、私のビエ○ッタもあげようか?」カオリは既に食べ始めているカップアイスをスプーンに大きく乗せてミサトに「はい、あーん」と言わんばかりに近づけてくる。
「アイスはもういいわよ。だいたいそれ食べかけじゃない」
「でもこれチョコレートがパリパリしてて美味しい部分だよ。バニラとチョコのハーモニーが一番味わえる所だよ? はい」
110.第七話 新人王の底力 第4節は波乱の幕開けだった。なんと役満が出たのだ。 役満を炸裂させたのは中野雅也プロ。第35期新人王の彼である。 一回戦オーラスに大三元をツモアガリしたという。 中野プロはついていた。もう攻めないと再試験になる可能性がある選手が三元牌を2種掴んだのだ。普通は鳴けないものもその状況だと手牌次第で出ることもあるだろう。(下位7名に2期連続で入るとライセンス剥奪。プロテスト再試験となる) 露骨に怪しい切りをしていたのだが、それでもアガれたのは僥倖である。やはりタイトルを獲るような人間は持って生まれた運の良さのようなものがあるのだろうか。 隣の卓で打っていたミサトの耳に中野の「8000.16000」という声が聞こえた。(中野プロが役満ツモか…… 今回で彼も上位7名の昇級ラインに入ったかもな…… これが35期新人王の底力か。油断は出来ない!) しかし、ミサトも負けじと好調で、満貫を2回ツモアガリしての安定したゲーム回しでトップスタート。私だって昇級ラインは切らないわよと言わんばかりの成績を出す。(負けないわ。私だって36期新人王なんだから!) 二回戦以降も中野、ミサトの両名とも好調を持続させた。カオリとメグミがそれ程絶不調だったというわけではないが現状維持の麻雀をしていたので後ろから上がってきた選手に一気に並ばれた。 一方マナミはまた地道にコツコツと何度もアガリを積み重ねてじわじわとプラスを加算し、首位を譲らなかった。──── ミサトの卓とマナミの卓は先に終わり、2人は休憩エリアでパックのミルクコーヒーを飲んでゆっくりしていた。「マナミは相変わらずね」「ミサト
109.第六話 円陣 長い階段を降りた先には麻雀をやるスペースとは思えない程広い対局会場があり、そこの入り口の鉄扉に今日の卓組表が張り出されている。(どれどれ…… 私の相手は誰かな?) 本日のリーグ戦第4節は全員バラバラの卓に振り分けられた。ちなみにこの卓組みのシステムは不正を防ぐために毎回成績を打ち込んだあとで入力を押すとコンピュータが勝手に次回の卓組みをランダムで作り出すようになっている。ランダムとは言えコンピュータの設定であまり偏ったことにはならないようにされているのか前回と似た組み合わせには滅多にならない。成績が近い人4人とかにもなりにくいようにプログラムされているようだ。「今日はみんな別卓ね。メグミさんとも当たらないし」カオリは正直ホッとした。第4節はここでしっかり打って最終節に安心出来るリードを持ち込みたい。そんな時に潰し合いはしたくなかった。したくないからと言って手を抜いた試合をするということもカオリたちは絶対しないと麻雀部のルールとして決めていたので当たらないのが一番いい。「頑張ろう茨城女子! みんなで昇級するのよー!!」「出来たらいいですねー!」「このままなら達成出来るし、今日次第ね」「よし、絶対負けないぞ!」「オッケー!」 メグミはカオリ達と4人で円形に並ぶと手を真ん中に差し出した。それにマナミとミサトも続く。バレー部みたいな感じで。カオリは運動部に所属した経験がないので一瞬これは何をしたらいいのか分からなかったが(あ、テレビでやってるバレーでたまに見る円陣ってやつだ)と察して手を一番上に重ねた。 するとメグミが力強い声をあげる。「勝つぞ!!」「ハイ!!」《ハイ!》「ヨシ!!」「オーー!!」 セリフは見事なほどに揃わなかったが、全員目一杯気合いの
108.第伍話 ユウの人心掌握術「ミサトー。ハーゲ○ダッツあげるー」「えー、いいの?」「クジで当たったから」 コンビニの商品を600円以上買うと引けるクジでマナミはハーゲンダッ○を当てていた。相変わらず運がいい。「ありがとー」「私はビエネッ○買っていこーっと」 最近は肌寒い季節も終わり、もはや少し暑いくらいの日が続いていた。カオリはちょっとあったかくなるとすぐアイスを買うという習性がある。 今日は麻雀部に財前姉妹と井川ミサト、そして佐藤ユウが来ていた。(ユウには普通に自分の家なので来たというよりは当たり前に居る) まずはオヤツを広げて一休み。今日は少し休憩してから麻雀をするつもりだ。「今日は初期メンバーね。久しぶりじゃない? この4人で打つのは」「そうね。懐かしいわ」「今日はね、ミサトに守備力の高い麻雀を教わろうと思って来たの」とカオリが言う。「私達は守ってれば昇級しそうだけど、それが出来たら苦労しないっていうか…… 攻撃あるのみ! みたいな麻雀しか得意じゃないから。特に私は」とマナミ。「はー。私達は一応同じリーグで戦うライバルなんだよ? そんな塩を送るようなこと……」「だからさっきハーゲン○ッツあげたじゃん」「あれはそういう意味だったわけ?」「あ、私のビエ○ッタもあげようか?」カオリは既に食べ始めているカップアイスをスプーンに大きく乗せてミサトに「はい、あーん」と言わんばかりに近づけてくる。「アイスはもういいわよ。だいたいそれ食べかけじゃない」「でもこれチョコレートがパリパリしてて美味しい部分だよ。バニラとチョコのハーモニーが一番味わえる所だよ? はい」
107.第四話 知恵を持つ 中條ヤチヨは本を読んでいた。 経営学から歴史小説、戦術論に心理学。様々な、一見麻雀と無関係な本を読む。 それらが役に立つんだと竹田アンナから聞いたのだ。「戦術は学ぶだけじゃだめ。自分で気付くことが大事。 他人の書いたものを読んで知識として教えてもらうのもいいけど、自分で見つけるとさらにいいの。 麻雀にはまだ見ぬ新戦術がごまんとある。それを見つける上で最も役立つのは読書よ。麻雀をやり込んでいるとね、あらゆるものを『これ麻雀だとこんな感じかな』と思う事が可能になるの。ていうか癖よね。なんでもかんでも麻雀に例えてしまうのは。 自分で見つけたオリジナル理論は知識ではなく知恵を与えてくれるわ。 どんなに知識があっても知恵が無ければ応用できない。全く同じ場面は二度と来ないのが麻雀なんだから、知識だけでなく知恵を持つ事。 とりあえずこれが私のおすすめかな」 そう言って渡された本は『孫子』だった。なるほど、戦をするという意味では麻雀も同じようなものだし、この本はとても役立つ気がする。アン先輩のいとこのお兄さん(棋士)は「将棋とサッカーは共通するものがある」と言ってサッカー漫画を読むのが好きなようだし。専門書を読み漁るだけでは身に付かない力。それは『新しい発見をする能力』それを鍛えるようにしなさい。そう言うことを先輩は言いたいのかもしれない。 あらゆる本を読み、様々な考え方を鍛えていくうちにヤチヨは自分で本を物語形式で書いてみたくなる。(私もちょっと書いてみようかな……) 後の麻雀界で『西川晃』と並んで有名になる麻雀小説の作家『ヤチヨ』が初めて筆を取った瞬間であった。
106.第三話 風格 リーグ戦第3節のその日。35期新人王の中野はどこか油断していた。女が2人か、ラッキーだな。と。「よろしくお願いします」そう挨拶はしたが、多分余裕だな。今日はポイント叩くぞと慢心していた。……だが、それは傲りであると対局が始まってからじわじわと感じることになる。(この女たち…… なんてキレイな所作で牌を扱うんだ…。まるでプロの職人。いや、プロなんだけどさ) 中野は嫌な予感がした。「リーチ」(早い!) それを受けてカオリの切り番。ヒュ! スパッ。(躊躇ないツモ切り! 危険牌だぞ!)「ロン。12000」「はい」(12000を放銃したのに顔色ひとつ変えずに「はい」だって? そりゃそういうもんなんだけどさ…… 風格すら感じる点棒授受の動作だな。やばいやばいやばい。考えを改めないとやばい。この2人の在り方。まるで俺が憧れたプロ選手像そのものじゃないか──) 「リーチ」(今度は財前からかよ! 復活が早すぎる)ヒュ! スパッ。(だからー! 成田もなんでそんな思い切りがいいんだ) メグミの勝負牌は通った。考える間もなく中野のツモ番となる。(う、安全牌が無え)「………」(情け無い&
105.第二話 あえての二度受け その日はヤチヨとヒロコとナツミが麻雀部に来ていた。ユウもいるので丁度1卓丸である。 さて、今日も麻雀しましょうかと準備をしているとユウがひとつ面白い提案をしてきた。「今日は手牌を全員オープンしたままやって一打一打その理由を説明していきましょう。もちろん他人の手は見えてないっていうテイでね。みんながどんな考えを持っているのか知ることでお互いに研究になるでしょう」 なるほど、オープン麻雀とは面白い。と皆それに賛成した。 とは言え、全員が既にハイレベルな麻雀を打てるので驚くほどの発見はそう簡単には無かった。麻雀は新しい戦術を発見することが大変であり、それを見つけ、マスターしなければ次のステージへと上がることは出来ないのだ。 するとそんな中、麻雀部いちの軍師である三尾谷ヒロコのある選択が異彩を放っていた。ヒロコ手牌六七③④⑥⑦224赤56(中中中)ドラ4 中赤ドラの3900イーシャンテンである。リャンメンターツをひとつ外す選択の時。基本で考えればピンズの上か下のどちらかを外す場面。⑤筒が二度受けになってるからその方が広い。しかしヒロコの選択は違っていた。打六「私はこの手なら二度受けをあえて残します」「なんで?」「じゃあ聞くけど、ピンズの上を払うなり下を払うなりして⑥⑦あるいは④③と捨て牌に並んだ時、そのリャンメンターツ払いは二度受け拒否の可能性が本線だなんてことが読めない人、1人でもここにいますか?」「ウッ、確かに。それは鋭い指摘」「ハイ、先輩。私なら⑦か③を先に払います。自力で⑤を引けた時に捨て牌にリャンメンターツを並べないで済むからです」「ほう、なるほど。さすがナツミは一味違うわね。で、話を戻すけど。この切りをしてしまうとさらにその二度受け以外